期間限定【緊急公開】レ・フレールスペシャルインタビュー~駆け抜けた20年、そしてこれから

三浦半島へ行こう!

横須賀でのライブ「Back to YOKOSUKA ~はじまりの場所から」のDAY2(11/24・浦賀レンガドック)を控えたレ・フレール。
猿島でのDay1ライブの様子を含めて、2人へのスペシャルインタビューを緊急公開!
故郷・横須賀の夜空に解き放たれる〝2人の未来〟とは──?


■〝無人島〟の夜

 

11月初旬の澄んだ夜空には、満ちるまでさほど日が無い月が、まるで太陽のように輝いていた。
その月から放たれた光は穏やかな東京湾の水面を進み、一直線に無人島のビーチに置かれた1台のピアノへと向かっていた。

無人島、そしてピアノ。
この一見してエキセントリックな組み合わせは、2人のアーティストが引き合わせたものだった。

レ・フレール──。
斎藤守也(もりや)と斎藤圭土(けいと)が椅子に座ると、その光景があたかもこの島での日常の風景であるかのように錯覚する。こんなシチュエーションであっても、彼らはあっという間に自分たちのステージにしていたのだ。

4本の手がおもむろに奏で始めたのは『Ocean』。2005年にリリースされたファースト・アルバム「Boogie on Quatre-Mains」の最初を飾った初期の名曲だ。
兄弟が軽く目配せをして力強いイントロが始まった瞬間、カラダに電流が流れたような気がした。
いや、あるいはその場に居合わせた観客全員がそう思ったのではないだろうか。それだけ、2人がピアノから引き出し続ける美しい音色はパワフルで、饒舌で、そして優しい。

そんな観客の興奮をいったん落ち着かせるように、『海、落日の祈り』では繊細な指の動きに魅了され、続く『海へ行こう』では軽快で弾むような気持を引き出される。聴く者の心は容赦なく揺らされ、上下左右にグイグイと動かされていくのだ。
息を合わせた2人の繊細な指から解き放たれた、数えきれないほどの音符。そのすべてが、観客はもちろん、頭上にある無数の星の1つひとつに、まるで贈り物をするかのような丁寧さで次から次へと運ばれているようだ。

これだ、この感覚。──そこに居合わせたファンと同じことを考えた。
そう、〝彼らの力強さは何も変わっていない〟。
それどころか、確実に進化し続けているのだ。

しかしながら、この日は寒かった。
日がどっぷりと暮れた猿島(さるしま)の気温は急激に下がり、しかもあろうことか、海を背にしたステージには強い風が舞い続けていたのだ。
リハーサルの時、その兆候を察知した彼らはセットリストを変更した。
激しく細かく指を動かす曲を変更し、『On y va!』を前に持って行き、なんと『Happy Song』をラストに据えたのだ。観客はその事を知る由もないが、これは聴く人にとっては垂涎の結果になったのではないだろうか。
静かな始まりから力強い進行を経て、希望に満ちた美しさで終わる調べ。私は彼らが紡ぎ続ける音に、ただただ聞き入っていた。



■2人の〝進化論〟

 

レ・フレールが結成されてから間もない頃、2004年にインタビューした記事を再掲載したのは既報の通りだ。
その後、写真集と楽譜の2冊組となった「Piano Hearts」(2008年)制作時にツアーに同行しながらロングインタビューを行ったが、そこで守也は「(結成から5年で)変わったことと言えば、体力がついたってことでしょうか。公演中はもちろん全力で弾くんですけど、結成当時は終わるともうしばらく動けない時もあるくらい」と語っていた。

それからさらに14年──。

猿島公演を前に久しぶりにインタビューの機会を得た私は、彼に再び質問を投げかけてみた。さすがにだいぶ経っているから、しんどくなることも多いでしょう、と。

「いや、それがですね、体力は落ちていると思うんですけど疲れ方が違う、力がうまく抜けるようになってきた、というか。全力で弾いているとしても、無駄な力を加えずにできるようになったような気がしますね。20年経って、気が付いたらそうなっていた、というか」
そんな守也の言葉に、私の意地悪な質問はあっという間に打ち砕かれた。「昔は弾いていて指から血が出るとかあったんですが、今はないですね。場数をこなしたおかげなのかな」

〝力強さ〟を保ちながら〝無駄を省く美しさ〟を身に着けた。それが〝進化〟ということなのだろうか。
「以前とは明らかに弾き方が違いますね。昔はベーゼン(注:ベーゼンドルファー。世界3大ピアノと称される)を毎回が弾かせてもらえる環境だったのですが、ピアノはもちろん個体によってどれも違う。どのピアノでも最高のパフォーマンスにすることが楽しいなって思うようになりましたね」

それは、守也自身がソロコンサートを行うようになって気づいたのだという。「会場によってピアノは本当に違います。初めて弾くピアノであっても、しっかりコントロールして自分の音を出さなければいけない。さまざまなピアノと会話する機会があって、実践してみて、その面白さを実感しました」

その日のピアノがどんな音色を実現してくれるのか、触ってみないと分からない。コンサート会場ではいつも公演時間と同じくらいの時間をかけて入念にリハーサルをする2人だが、その後で当日使うピアノの特徴に応じた演奏について打ち合わせをしているのだろうか。
「そういうことはないですね。リハでそれぞれ探って、終わり。あえて2人で話さなくても、結果はしっかり出せるようになっているかな」



■コロナ禍の中で

 

そんな〝進化〟の途中で降りかかったのが、コロナ禍だった。

外出制限などで多くのアーティストが行動を制約されていた中で、彼らはどうコンディションを保っていたのだろうか。
「ひたすら家に籠る状況は皆さん同じですから、腐っていても仕方ない。自分に出来ることは何だろうと配信ライブを始めてみました。待っている人がいるんですから、そういうのは活用してみないと、と思いました」と圭土は振り返る。「自分のブギ・ウギ・ピアノの技術はまだまだ。でも、40代に入って分かったことは〝伝える〟ことの大切さかもしれません。かつてブギ・ウギが伝わっていったように、人から人へ広げていくことが僕の役割という気がしています」。

実際、圭土が2017年から主催する『ジャパン・ブギ・ウギ・アカデミー』には20代の若者も参加しているという。「ピアノ教室のように手取り足取り教えているのではありません。ただ一緒にプレイしてブギ・ウギを楽しむだけ。ブギ・ウギは、技術もありますがまずは音を徹底的に楽しむことが大事。僕も師匠の背中をひたすら見て楽しさを知って、師匠の演奏から技を〝盗んで〟きましたからね」

一方、守也もアーティストとしてのもう1つの〝使命〟を認識しだしたようだ。
「僕の場合、12才からピアノを学んで、ルクセンブルクで基礎を学んで、レ・フレールで活動して…経緯が特殊なので、基本の技術を教わる場は多いのですが、僕だから伝えられることもあるんじゃないかと思うようになりました」

基本を活かしながら、さらに高みを目指す方法。ヨーロッパで徹底して基礎を学び、なおかつアーティストとしてピアノのパワーを極限まで引き出しているからこそできることは多い。「僕の場合は、演奏やアレンジのしかたなども含めて、理論的に、言葉で伝えていくことが役割なのかな、と思いますね、あとは音楽の楽しさを伝えること」

そんな守也のセミナーには、若いピアニストはもちろん、音楽教室や学校の先生から趣味で弾いている人も含めて、多くの人が集まってくる。「基礎があれば、応用は特別なことじゃないんです。思い込みでやっていることも多いですから。ポテンシャルをグッと引き出すことは大切ですね」



■Back to YOKOSUKA~はじまりの場所から DAY2・浦賀レンガドック公演

 

「結成20年を控えて、(ライブなどで)弾けないことがこんなにも疲れるんだ、と初めて感じました」と2人は口をそろえる。そして「1日たりともピアノに向かわなかった日はありませんでした」とも。ここ数年のコロナ禍は、練習、曲づくり、そして多様なアウトプットなど、充実した時間になったようだ。

そしていよいよ、11月24日は、横須賀・浦賀ドックのステージに立つ。世界最古に分類されるレンガ造りのドックの底にピアノを下ろしたライブは、実におよそ15年ぶりとなる。もちろん、その時の主役も彼らレ・フレールだった。
「浦賀は子供の頃によく遊びましたし、やっぱり特別な場所です。地元で僕たちのライブをいつも待ってくれている方もたくさんいらっしゃいますし、(2人が)〝戻ってきた〟と思っていただけるといいなと思います。レ・フレールとして、そういうファンの皆さんは絶対に裏切れないといつも思っています」と二人は言う。

浦賀レンガドックでのライブのテーマは〝レ・フレールの未来〟だ。
「(デビューした)最初の頃は、その大きさがよく分からなかったです。実感がじわじわ出てきたのはアルバム『ピアノ・ブレイカー』(2006年)くらいかな。それからの日々は、ただひたすらに走り抜けてきた感じ。だけど年齢を重ねて、さらにコロナ禍で危機も感じて、音楽に対する気持ちは前よりも強くなっています。昔はがむしゃらにピアノと向き合っていましたから、そりゃあ2時間のコンサートをすればドッと疲れるでしょうね、今は疲れが2日後に出ますけど(笑)」



■『Victory』、そしてその先の未来へ──

 

デビュー20周年を記念したアルバム「Timeless」。その最後には圭土が作曲した『Victory』という曲がある。
力強いファンファーレから始まり、まるで疾走するように高速で鍵盤を叩き続けるパートを経て、最後は穏やかな希望に導いてくれるような曲だ。

これはデビューしてから紆余曲折を経ながらひたすら駆け上がってきた、彼らの壮大なストーリーを表しているのではないか?
「そう感じてくれるのはうれしいです。シンプルながら、どこかロックのテイストも入った曲になりましたが、僕たちの歴史を出せればと思っていました」

そして圭土は続ける。「20年前はライブでは弾けない曲だったかもしれませんね。6分間、あのテンションを続けるのは本当に疲れる。そういう意味で、満を持してリリースした曲と言えるかもしれません」

この曲は、浦賀レンガドックでのライブのセットリストに入っているという。
「ここからはどんどんシンプルな方に向かっていくと思います」(圭土)「二人で指一本ずつで弾いたり(笑)、何歳になってもライブができるように、良い意味で力を抜いて、しっかりと魅せるところは魅せていきたいですね。レ・フレールとしての成長もお客さんに楽しんで頂きたいです」(守也)

すでにベテランと言える彼らのこれからのキーワードは〝シンプル〟──。デビュー20周年という時間は、2人に確実な転機をもたらしているのだろう。
その大事な節目に、故郷の空に解き放たれる魂の音たち、そして『Victory』。
彼らの奏でる調べに、聴く者も含めたさまざまな想いが乗っていく──。きっと、タイムレスな記憶を共有する夜になるはずだ。



Photo by Yuu Kamimaki
Text by Hiroaki Fujino


【Back to YOKOSUKA ~はじまりの場所からDay2@浦賀レンガドック】

■公演は終了いたしました。ご来場ありがとうございました。

※MEGURU Project 2022の詳細はをご覧ください。

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